2-36 一つの別れ***36***ゆっくりと薄暗い道を歩きながら、有芯はぼんやりと心の中で朝子を思い描いていた。抱き上げた時に見えた、ふっくらとした胸のライン、つやつや光る半開きの唇、自分の動きに合わせてしなる彼女の身体・・・。ぼうっとしながら歩いていたせいで、彼は目の前に現れた自分の彼女を、危うく素通りするところだった。エミが・・・彼に張り手をお見舞いしなければ。 彼は驚き、打たれた頬を押さえた。「・・・ってぇ~!! あーびっくりした。なんだお前か」 「・・・なんだお前か、じゃないわよ。どこに行ってたの?!」 「・・・高校ん時の先輩に会ったから、話し込んでただけだよ」 有芯は肩をすくめた。一応、ウソは言っていない。しかし、エミは信じなかった。 「ウソでしょ・・・?! 一体なにやってたの?! 私・・・・・私」 エミの目からぼろぼろと涙がこぼれ始め、有芯は頭を掻いた。 「あ~・・・ゴメン。・・・俺、お前に言いたいことがあって」 エミは不安げな顔を有芯に向けた。 「俺、やっぱりお前とは付き合えない。・・・別れよう」 「・・・なんで?! 私イヤ、ゆうと別れるなんて!! ・・・だって、やっと本当に好きだって分かったのに・・・!」 「勝手なこと言うなよ」有芯は怒りを抑えたような声で言った。「元はと言えば、お前から別れ話を持ちかけてきたんだろうが。今思えば、俺達はあの時点でもう終わってたんだよ。だいたいなぁ、自分が浮気しておいてよく言うぜ?!」 エミは涙と流れたマスカラを甲でぬぐい、言った。「だって、あれは・・・ゆうが最近冷たくて、寂しかったんだもん・・・。やきもち妬いてくれるんじゃないかと思った・・・んだもん」 「本当に俺が好きなら、浮気なんかできるか?! お前、勝手すぎるんだよ!!」 言いながら、有芯は自分の身勝手さをひしひしと感じたが、エミのためにもここできっぱり別れておかなければと、拳を握った。 「さっきの先輩に会ったって話はウソだよ。・・・好きな女と会ってた。会って・・・その人が誰よりも大切だってことに俺は気付いたから」 「何で?! どうしても私じゃダメなの?! 今日だって・・・ゆうが紺、好きだって聞いたから私、紺の浴衣にしたんだよ?!」 「俺は、別に紺が好きなわけじゃないぜ?」 「えっ・・・・・?」 「誰に聞いたんだそんなこと・・・?!」 「智紀さん」 「・・・・・」有芯は絶句した。あのバカ。俺は紺が好きなんじゃねえよ! 紺のマニキュア塗って、紺の下着を着けてた女が好きだっただけだ・・・。 エミは必死に食い下がった。「ゆう・・・私の悪いところ、言ってくれれば直すから!」 有芯は深いため息をついた。「お前はいい奴だし、悪いところなんかねぇよ」 「でも・・・!」 「とにかく・・・俺はお前じゃダメなんだ」 有芯がその場から去ろうとしたとき、エミが叫んだ。 「ねぇ、『あさこ』って誰?!」 動揺を悟られまいと、有芯は表情を殺し考えた。そうか・・・俺、こいつを抱いてる時に、そういえばあいつの名前言ったかも・・・。 「その好きな女が『あさこ』なの?! そうなんでしょう?!」 「・・・・・んなこと知ってどうすんだよ。とにかく、俺達はもう終わりだ」 「・・・そんなのひどい! ・・・待って、お願い!!」 有芯はエミの手を振り切り、彼女を突き放そうとして、その悲しそうな目の光にふと思い直した。 「・・・ごめんな。次はもっといい男と付き合うことだ」 その場に泣き崩れるエミを残し、有芯は去った。 37へ ジャンル別一覧
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